店長の思い出
岩永弁護士のバイト時代の日記を読んで、自分の学生時代のバイトの記憶が蘇ってきた。
大学時代、そしてロースクール時代の6年間にわたって当時暮らしていた学生寮の最寄り駅にあったパン屋で働いていた。パン屋を選んだのは、売れ残ったパンを持ち帰って良いと聞いたからだ。奨学金で生活していたので、飯代を節約したくて、持ち帰って腹一杯パンを食べられるというのがなんとも魅力的だった。
そのパン屋は全国チェーン店で、様々なキャラクターの人間がいたが、特に本社採用の男性店長が癖の強さで際立っていた。
気性が荒く、「気合が足りてない」「なめんじゃねえぞ」が口癖で、よくパンを焦がしたスタッフを蹴りあげていた。当時私は販売スタッフだったので、キッチンで蹴られているスタッフを横目で見て、「キッチン採用じゃなくて良かったぜ・・・」と胸を撫で下ろしていた(まさか、後にキッチンに回されるとは予想もしていなかった・・・)。
店長に当時蹴られまくっていた焼成担当のCさんは身長が190cm以上ある大男であったが、160cmくらいの店長に蹴られてもノーダメージで、私が二人なった時に「Cさん、足大丈夫ですか?」とこっそり聞くと、「え、なにが?」って蹴られたことすら感じていない様子で、店長との相性はある意味バッチリだった。
そして、店長が日頃からCさんに対して厳しく対応しているのを見て嫌っているのかと思っていたが、よく見てるとCさんの誕生日にゲーム機をプレゼントしたり、店長なりにCさんに目をかけて可愛がっていて、妙な師弟関係があった。
そんな関係を若干うらやましいと思いつつ、でも毎日、バンバン蹴られるのは嫌だよなぁと思って販売の仕事に満足していたところ、ある日「南、ちょっと来い!」とキッチンの奥から店長の大声で呼ばれた。
いきなり「お前、来週からキッチンに入れ」と言われ、マジかーと思いながらも、見込まれて仕事を任されたことがちょっと嬉しく感じたのを覚えている。
キッチンに入ってからの毎日は、店長からの叱咤激励という名の罵倒の嵐だったが、次第にキッチン内でも任される仕事が増えて「お前、司法試験受からなかったらここで正社員になれ」と言われるようになり、妙に嬉しかった。
司法試験2か月前になり勉強に集中するためにアルバイトを一旦辞めたあと、合格後に挨拶に行くと、「ふん、受かったのか、お前なんて採用するか、なめんじゃねえぞ」とお決まりの挨拶を返され、その言葉とともに、当時自分がほしいと言っていた店の灰皿とジッポライターをくれた。
ほとんど会話らしい会話をしたことなかったが、この店長だから6年間もアルバイトを続けられたんだろうと感じる。
パワハラと一言で片付けられてしまう世の中だけど、本当はその言動の切り取りだけで決まるものではない気がする。日々のなかにどれだけの愛情や人間味があるか、そして何より、相手からの思いをちゃんと受け取れる器があるかどうか。あの不器用な店長のもとで働いた日々は、そんな人と人との関係の本質を、私に教えてくれた気がしている。
あの店長のことだから、今頃どこかで「蹴り名人」の異名をとって元気にやっていることだろう。くれぐれもコンプライアンスの足元をすくわれないよう、華麗にステップを踏んでいてほしい。
南 謙太郎

